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カンヌ映画祭2019を総括、そして本邦公開される注目作品をいち早くレビュー  FESTIVAL DE CANNES 2019
                                                   Report & Text by Mitsuyoshi Okada  岡田光由
今年亡くなったアニエス・ヴァルダ監督をモチーフにしたポスター            パルムドール名誉賞受賞のアラン・ドロン若き日

■70回を機に大改革を始めて2年後の72回目を迎えた今年のカンヌ国際映画祭。ネットフリックスなど動画配信会社製作の作品は劇場公開されない限りは対象外という規定を設けたほか、公式上映前にマスコミ試写はやらないとか、1年ごとに細かな規定が追加され、映画祭の運営システムをようやく吞み込んできた。
 そんな中の今回のコンペティション部門は、カンヌ好みの常連監督たちによる作品が目立ったが、それぞれに相変わらずの作風で新鮮味がなく、かと言って新進監督たちの作品には独特のセンスは感じられたものの、映画としての質が劣るのが多く、全体的に質の高い作品には恵まれなかったと言える。

■それらに一応の評価を下したのが、一癖も二癖もあるアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督を審査員長とする審査員団だ。その中にはエル・ファニングもいたが、きっとイニャリトゥの好みで推しまくってパルムドールが決まると予想する人が多かった。そして選ばれた『パラサイト』は全員一致の結果だと受賞後の審査員団会見で強調し、大方の見方を否定しているようだった。とは言え、低調気味な作品群の中で『パラサイト』は文句なしに面白かった。ケン・ローチもダルデンヌ兄弟も、グザビエ・ドランもマルコ・ベロッキオも相変わらずだった中、ペドロ・アルモドバルが熟成の域に達した感があって素晴らしかった。またテレンス・マリックはやっと我々映画ファンのレベルに降臨してわかりやすい作品を提供したし、久しぶりのクエンティン・タランティーノは映画オタクぶりを発揮し、レオナルド・ディカプリオとブラッド・ピットの二大スターの人気もあって大いに注目を浴びた。だが評価は低かった。

■コンペ部門以外では、クロード・ルルーシュ監督による『男と女』の53年後を描く『男と女Ⅲ 人生最良の日々』の主演二人に魅了され、やくざと警察が組んで猟奇殺人鬼を追う韓国映画『ギャングスター、コップ、デビル』の面白さに堪能した。そして俳優としてのアラン・ドロンを讃えたい。
 なお日本映画はコンペ部門もある視点部門にもエントリーされなく、監督週間で三池崇史監督の『初恋』、吉開菜央監督の短編『Grand Bouquet』、それに批評家週間に富田克也監督の『典座~TENZO』が入った。映画祭事務局としては是枝裕和監督作『真実』をプレミア作品として欲しかったようだが、完成が間に合わず、結局は8月末開催のベネチア映画祭に持っていかれたようだ。                                       (2019年8月2日 記)



『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』記者会見 クエンティン・タランティーノ監督、レオナルド・ディカプリオ、ブラッド・ピットら

©Mitsuyoshi Okada               『男と女Ⅲ 人生最良の日々』記者会見 左からモニカ・ベルッチ、アヌーク・エメ、クロード・ルルーシュ監督


■主な受賞一覧
<長編>
●パルムドール 『パラサイト』(ポン・ジュノ監督)
●グランプリ 『アトランティック』(マティ・ディオップ監督)
●監督賞 ジャン・ピエール・ダルデンヌ/リュック・ダルデンヌ『ヤング・アフメド』
●審査員賞 『レ・ミゼラブル』(ラジ・リ監督) 『バクラウ』(クレベール・メンドンサ・フィロ&ジュリアノ・ドルネルズ監督)
●脚本賞 セリーヌ・シアマ『ポートレート・オブ・ア・レディ・オン・ファイヤー』
●女優演技賞 エミリー・ビーチャム『リトル・ジョー』
●男優演技賞 アントニオ・バンデラス『ペイン・アンド・グローリー』
●特別賞 『天国に違いない』(エリア・スレイマン監督)

<短編>
●パルムドール 『ザ・デスタンス・ビトウィーン・アス・アンド・ザ・スカイ』(ヴァシリス・キケイトス監督)
●審査員特別賞 『モンストルオ・ディオス』(アグスティナ・サン・マルティン監督)


●カメラドール 新人監督賞 セザール・ディアス『ヌーストラス・マドレス』
●パルムドール名誉賞 アラン・ドロン

これから日本公開される注目の3作品をいち早くレビュー

●『パラサイト』PARASITE
監督:ポン・ジュノ 出演:ソン・ガンホ/チェ・ウシク 2019年韓国(132分) 配給:ビターズ・エンド

 

■カンヌ出品は5度目、コンペ部門では『オクジャokja』に次いで2度目となるポン・ジュノ監督が、韓国はもちろん、世界的に見られる貧富の格差社会をテーマに、実に面白いホラーコメディを描出した。
 半地下の部屋に家族4人で住むソン・ガンホを主とする下層階級一家。ある日、息子が裕福な若手IT起業家一家の家庭教師になったのをきっかけに、娘がヘビーシッター、母親が家政婦、そして父親までもお抱え運転手として豪邸に入り込み、ご主人一家が休暇で出掛けた間に贅沢三昧の生活を送る。ところが急に一家が戻って来たことから大騒ぎに。笑いとスリルが炸裂する中、逃げ込んだ地下室に人が…。ここからホラーサスペンスの様相を呈して、観る者の心を離さない。さらに起業家夫婦のセックスや、その娘と家庭教師の息子との性の戯れなど人間臭さも織り込み、ドラマとしての完璧さにもそつがない。
 ソン・ガンホをはじめとする役者たちも達者で、特に貧乏人一家の息子役チェ・ウシク、母親役チャン・ヘジン、先代家政婦役の太っちょイ・ジョンウンがいい味を出している。


●『ペイン・アンド・グローリー』PAIN AND GLORY
監督:ペドロ・アルモドバル 出演:アントニオ・バンデラス/ペネロペ・クルス 2019年スペイン(112分) 配給:キノフィルムズ

 

■未だにパルムドール受賞の経験がないスペインの鬼才監督で、カンヌの常連でもあるペドロ・アルモドバルが熟成した味わいを見せた、自伝的要素を多分に含んだ人間ドラマである。今度こそパルムドールだと、マスコミ関係者の間で高い評価だったが、今回も無念。きっとイニャリトゥ審査員長の好みに合わなかったのだろう。
 アルモドバルの子飼いスターといっていいアントニオ・バンデラスとペネロペ・クルスを迎えて、熟年期にさしかかった映画監督が、過去から現在までの人生における分岐点となるゲイへの目覚め、映画との出会い、友人関係のもつれ、薬物の乱用など、それに母への想いを偲ぶというもの。フィクションとはいっているが、どうしてもアルモドバルの人生がダブって見え、興味深い作品となっている。
 そしてバンデラスが映画監督に扮し、落ち着いた渋い演技を見せれば、ペネロペが土臭さを残した愛情溢れる母親役を好演する。二人の共演シーンはないが、演技的な成長を見せ、世界的スターとなった二人のアルモドバルへの恩返しといった感じだ。さらにゲイ関係の友人に扮したレオナルド・スバラグリアが、いかにもセクシーなスペイン人俳優として注目だ。

●『レ・ミゼラブル』LES MISERABLES
監督:ラジ・リ 出演:ダミアン・ボナール/アレクシス・マヌンティ 2019年フランス(103分) 配給:東北新社

 

■フランスの下層階級社会を見せつけられた衝撃の一作。舞台はパリ近郊の移民が多く住む集合住宅。かつてマチュー・カソヴィッツ監督が『憎しみ』(95)で衝撃を与えた同じような集合住宅地区で、治安を取り締まる三人の警官の日常をとらえたハードなポリス・アクションである。警官トリオは二人の白人に、新入りの黒人の移民青年。彼らが地区内の移民グループ同士の喧嘩や抗争、子供たちの小競り合い、麻薬薬物捜査などに連日対処していく中、一人の警官の誤射が大きな事件へと広がっていくというもの。
 監督のラジ・リはアフリカのマリから移住し、映画に出てくるようなパリ郊外の集合住宅で育った人物。2017年に同じタイトルの短編『レ・ミゼラブル』を発表し、初めての長編が本作で、初カンヌでコンペ部門に初エントリーを果たし、審査員賞受賞の快挙となったフランス期待の監督である。その演出ぶりは『ディーパンの闘い』のジャック・オーディアール監督ばりのキレのよさがある。さらに終始緊張感に溢れ、リアル感たっぶりの映像は最後まで息をつかせないほどだ。


■その他のコンペティション部門作品

『ザ・デッド・ドント・ダイ』(ジム・ジャームッシュ監督/アメリカ)
『バクラウ』(クレベール・メンドンサ・フィロ&ジュリアノ・ドルネルズ監督/ブラジル)
『アトランティック』(マティ・ディオップ監督/フランス)
『ソリー・ウィ・ミスト・ユー』(ケン・ローチ監督/イギリス)
『リトル・ジョー』(ジェシカ・ハウスナー監督/オーストリア)
『ザ・ワイルド・グース・レイク』(ディアオ・イーナン監督/中国)
『ザ・ホウィスラーズ』(コルネイユ・ポルンボイユ監督/ルーマニア)
『ポートレート・オブ・ア・レディ・オン・ファイヤー』(セリーヌ・シアマ監督/フランス)
『ア・ヒドン・ライフ』(テレンス・マリック監督/アメリカ)
『ヤング・アフメド』(ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ監督/ベルギー)
『フランキー』(アイラ・サックス監督/アメリカ)
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(クエンティン・タランティーノ監督/アメリカ)
『マティアス&マキシム」(グザビエ・ドラン/カナダ)
『オー・マーシー!』(アルノー・デプレシャン監督/フランス)
『ザ・トレイター」(マルコ・ベロッキオ監督/イタリア)
『マクトーブ、マイ・ラブ:インターメッツォ』(アブデラティフ・ケシシュ監督/フランス)
『イット・マスト・ビー・ヘブン』(エリア・スレイマン監督/パレスチナ)
『シビル』(ジュスティーヌ・トゥリエ監督/フランス)

      



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